2018.06.15

【留学どうだった?】台湾・国立台湾大学「台湾(台北)での生活」|明治大学


studyabroad37_2
こちらの記事は、「明治の“いま”がこの1冊に!」 季刊 広報誌『明治』第78号「世界へ飛び出せ!明大生-協定校留学日記-」からの転載になります。

留学体験を紹介してくれた方宮崎将也さん

studyabroad37_1

所属 理工学研究科電気工学専攻 博士前期課程
ゼミナール 小野弓絵ゼミ
留学期間 2017年9月~2018年1月

私は2017年9月から2018年1月末まで国立台湾大学に協定留学をしていました。国立台湾大学の前身は、1928年日本統治時代に設立された台北帝国大学で、1945年に中華民国政府により接収され現在の名前に変更されました。現在は11学院(学部および研究科)・54学系(学科)・96研究所(専攻)・33研究中心(研究所)と夜間部を擁し、3万人を超える学生が通うマンモス校です。国立台湾大学は台湾では東京大学のような位置付けで、台湾はもとより、世界各国の政・財・官・学の各界で活躍する人材を多数輩出しています。台北市内の中央に位置する好立地の国立台湾大学は留学生にとても人気の大学で、欧米からも多くの学生が留学に来ていました。大学の保有地全てを含めれば、台湾総面積の約1%に当たる広大なキャンパスは自然豊かで美しく、朝は近隣住民の方々が太極拳を行っていたり、たくさんの人々が散歩をしたりと、多くの人に愛されているキャンパスです。台北の生活でとても特徴的なのは、主な交通手段がスクーターであることです。市内にはもちろんバスや地下鉄が運行していますが、多くの人がスクーターを利用していました。また、大学内はあまりにも広いため、通学や教室間移動には自転車を利用している人がほとんどでした。

studyabroad37_3
私は修士1年の秋学期から留学したのですが、東日本大震災の時、台湾より多額の義援金を受けたことから、「台湾経済に貢献する」という夢が高校生の頃にでき、大学入学時から台湾に留学したいと思っていました。学部時代は、計画的に成績を取り、卒業時に学科の学業成績優秀賞を受賞したり、語学に力を注ぎ、3カ月の独学でHSK(中国語検定)6級を取得したり、2年間毎日英会話を受講したりしました。3年時には台湾と共同研究をしている研究室を選び、配属されてからは、国立台湾大学病院の精神科の医師とスカイプを通して研究について議論したりしました。しかし、これに効率の悪さを感じた私は、やはり実際に台湾の病院で研究しようと心に決め、準備として、4年の夏に国立台湾大学での脳神経科学のサマースクールに参加し、事前に台湾大学での人脈づくり、および病院の医師と研究計画などについて話し合いをしたりしました。また、卒業前の春休みに北京大学の語学研修にも参加し、万全を期して留学しました。

studyabroad37_4
しかし、留学は初めから上手くはいきませんでした。想像していた以上に専門科目を中国語で学ぶのは難しく、参加したゼミでも初めの1カ月は全く発言することができませんでした。また、台湾大学の院生は非常に優秀で、少しでも発表内容に疑問があればどんどん質問してくるので、発表の1週間前からは夜遅くまで準備をしていました。病院の医師の方もとても忙しいため、とにかく病院で解析をしながら待機し、1分でも時間があれば質問をしに行ったりしていました。初めの頃は本当に毎日必死でした。しかしながら、地道に頑張り続けたからこそ語学力も身に付けることもできましたし、医師の方とも信頼関係を築くことができました。留学の後半は医師の方と一緒に食事をしたり、台湾最大の私立病院に連れて行ってもらったりして、台湾の医療・病院事情について見識を深めることができました。多くの台湾の病院関係者と関わることができたのは、本当に貴重な経験でした。将来は台湾を含めたアジアでヘルスケア事業に携わりたいと思うようになったのも、この留学が決め手でした。大学の授業のない日には、週末を利用して台北の観光名所に行ったり、台日学生交流会の活動に参加したりしました。また、金曜日の夜には台湾の学生とビールを片手に夜市で食べ歩きをしたことも、台湾留学ならではの懐かしい思い出です。

studyabroad37_5
これから留学を考えている皆さんは、ぜひ自分の可能性を信じてチャレンジしてみてください。留学は留学することが全てではなく、留学に挑戦することでその前後の自分に大きな変化をもたらすものです。きっとかけがえのない財産になるはずです。最後になりますが、留学でお世話になった全ての方々に心より感謝申し上げます。

※ページの内容や掲載者のプロフィールなどは、季刊 広報誌『明治』第78号発行当時のものです