2018.12.31

【留学どうだった?】「欧州最大規模のサマースクールでの経験」児玉光栄さん│明治大学


明大生が、留学体験を紹介する「世界で学ぶ!」。今回は政治経済学部の児玉さんが、イギリスでの留学体験を紹介してくれます!
留学体験を紹介してくれた方児玉光栄さん(政治経済学部4年)

留学先 イギリス
大学名 ロンドンスクールオブエコノミクス(LSE)
留学期間 2018年6月~8月
所属ゼミ 武田巧ゼミナール15期ゼミナール長

こちらの記事は、「明治の“いま”がこの1冊に!」 季刊 広報誌『明治』第80号「世界へ飛び出せ!明大生」からの転載になります。

私は、2018年6月から8月までの10週間、イギリスのロンドンにあるロンドンスクールオブエコノミクス(通称:LSE)のサマースクールに行きました。

イギリスの南部にあるロンドンは、経済の中心かつ各所に西洋建築があふれる多様性に富んだ都市です。私が留学したLSEは、1895年に設立された社会科学に特化した世界有数の教育機関といわれています。過去に在籍した教員や卒業生からノーベル賞受賞者を18人、卒業生から国の指導者を38人輩出しています。ロンドンの中心部にキャンパスがあり、マイノリティの人種を多く受け入れている大学のひとつに挙げられます。その中でサマースクールは欧州で最も大きい規模のサマースクールだといわれており、サマースクール開講30周年となる2018年は約2000人の学生が参加しました。

キャンパスの景色

私がLSEの留学を決めた動機はふたつあります。ひとつ目は、経済学で高いレベルの留学をしたかったからです。主に経済学と哲学を勉強していた私にとって、社会科学に特化したLSEは最適な留学先でした。ふたつ目は、LSEの派遣には高い英語スコアと成績を求められていたことです。共に勉強をする学生のレベルが高く、また、経済学の洗練されたコースを受講できることは、私にとってとても魅力的でした。

構内にあるNew Academic Building 入口

サマースクールでは3つのセッションで、物価高騰や金融危機の歴史、経済政策の政治経済学、そして行動経済学について勉強しました。在学中に政治経済について広く勉強していたこともあり、学部の勉強と繋がるコース選択をしました。結果としてかなり満足のいく選択になりました。1日に3時間の講義と1・5時間の授業に分かれていて、平日5日を3週間、集中的に勉強します。英語に不安があったので、セッション1週間前に設けられている英語準備コースも受講しました。コースは想像を超えるハードワークでしたが、全ての科目が考えられてつくられており、科目の理解をより深められるように設計されていました。講義で科目の内容を取り入れ、授業でクラスの先生と演習やグループワークで科目の理解を深めるという形です。セッションにもよりますが、アメリカなどの英語を母語とする学生がほとんどを占めていることも、私にとって大変有益でした。レポート執筆から試験演習まで、もがきながら取り組みました。

授業の様子

この留学を通して多くの経験や知見を得ることができました。まず、多様性に富んだ環境の中で異文化理解を深めることができました。欧米、南米、アジアやアフリカなど各地域の学生と接することで、文化や慣習の違いを目の当たりにしました。例えば、欧米の学生は講義開始時間ちょうどに登校しますが、中国などのアジア出身の学生は15分前に席に座っていました。次に、ロンドンの中心部でハードなコースワークをすることができたことです。LSEはロンドンの中心部で勉強ができる数少ない大学のひとつです。そして、英語用件でのスクリーニングがされているため、学生のレベルも比較的高いです。そのような環境の中で濃密なコースワークを、ロンドンの中心部で生活しながらできたことはとても貴重なことだったと思います。さらに、私自身の実力を客観的に理解することができました。日本とは違う環境かつ英語での生活の中で、表層的なやりくりでは通じません。セッション中の挫折は数えきれないほどしましたが、その挫折から自分の本当の実力を良い意味で理解することができました。自分の意図が英語のスピーキングでもライティングでも伝えきれない時に、どこまで耐えて学び続けられるかを知ることができました。

授業の様子

明治大学から学部間協定留学としてLSEで勉強することができたことを大変誇りに思っています。武田先生をはじめとした先生方、明治大学の事務室の方々、そして明治大学父母会の方々によるご支援とご協力があってなされたものと考えています。今回の留学で海外トップユニバーシティ奨励金をはじめ、多くの資金援助をいただきました。この場を借りて感謝申し上げます。本当にありがとうございました。この留学で立ち止まることなく、これからも私がやるべきことを見つけ、やり続けていくつもりです。

※ページの内容や掲載者のプロフィールなどは、季刊 広報誌『明治』第80号発行当時のものです