柳谷理事長新入生の皆さん、このたびはご入学、誠におめでとうございます。また、これまで新入生を支えてこられたご家族やご列席の皆さまに対しましても、心よりお慶びを申し上げます。
明治大学は、1881年に志高き20代後半の3人の若者により創立されました。当時の日本は、封建社会であった江戸時代が終焉し、社会構造が大きく変化した激動の時代でありました。西欧諸国をモデルにした日本の近代化が急務である中、フランス法を学んだ岸本辰雄先生、宮城浩蔵先生、矢代操先生が、近代化に不可欠である法学を日本に普及させ、新しい世を作らんと学校を設立しました。それが明治法律学校であり、現在の明治大学であります。本学は、本年1月に創立145周年を迎え、これまで約62万人の卒業生を輩出しましたが、開校当時の熱き想いは「権利自由、独立自治」の建学の精神として、現在まで脈々と受け継がれています。明治大学の校歌には、そうした建学の精神や気風があふれていますので、ぜひ皆さんも歌い継いでください。
さて、本日は、ノーベル経済学賞受賞者で行動経済学の創始者としても知られるダニエル・カーネマン教授が提唱した、「システム1」と「システム2」という思考パターンをご紹介したいと思います。人間の脳の意思決定システムのうち、直感的で素早い思考を「システム1」と呼びます。例えば、信号が赤になった瞬間に立ち止まるときや簡単な計算を瞬時に行うときなどに働き、私たちの日常の多くはこの無意識の判断ともいえる思考によって支えられています。
一方、「システム2」とは、時間をかけて論理的に考える思考です。例えば、複雑な問題の解決策を検討したり、「この情報は本当に正しいのか」と立ち止まって検証したりする際に働きます。集中力と負担を伴いますが、物事を深く正しく理解するためには不可欠な思考です。皆さんはこれまでの学習を通じて、社会に出るための基盤となる知識や技能を身に付けてきましたが、大学やその先の社会においては、正解のない問いに向き合う場面が増えていきます。そのため、問いそのものを自ら立て、多様な視点から考察し、自分なりの答えを導き出すという、「システム2」の思考が極めて重要となるのです。
翻って現代社会に目を向けますと、AIは急速な進化を続け、ビジネスの世界では、人々の仕事を代替するAIエージェントと呼ばれるシステムや、機械を自律的に制御するフィジカルAIの実用化が進み、本年1月にラスベガスで開催された世界最大級の先端技術見本市「CES」では、フィジカルAIを使った最新の人型ロボット「ヒューマノイド」が大きな注目を集めました。
また、ChatGPTに代表される生成AIは、あっという間に身近なものとなり、皆さんも日々の調べものや学習の中で利用する機会が増えてきています。こうした革新的な技術によって私たちの生活は劇的に利便性を増していく一方、「自分で考える前に、まず答えを求める」という姿勢が広がりつつあることが懸念されています。
確かに、長い時間をかけて自ら考えたとしても、思い通りの成果が得られなければ、時間を無駄にしただけと感じてしまうかもしれません。しかし、人間の思考力は、試行錯誤し、時に失敗しながらも考え抜いた経験の中でこそ培われるものです。そうした「システム2」の思考と行動の積み重ねによって形作られた視点や価値観に基づき、「何を問い、いかに活用するか」という問題設定をしながらAIを使いこなすことこそ、このAI時代において求められる資質と言えるのではないでしょうか。
新入生の皆さんにおかれましても、これから始まる学生生活において、世界で起きているさまざまな問題や課題に当事者意識を持ち、今後社会はどうあるべきか、その実現のために自分自身は何をすべきなのか能動的に考えを巡らせてほしいのです。
これはインターネットで正解を探し出すこともAIが導き出すこともできない、まさに正解のない問いです。しかしながら、その答えは決して一人で見つけるものではありません。明治大学には、全国そして全世界から、年齢も国籍も異なる多様な学生が集まっています。ほんの少し勇気を出して、できるだけ多くの人達と交流を深め切磋琢磨してください。さまざまな価値観や文化的背景を持つ人達との時間を通じて得た知識や経験は、必ずや皆さんが新しい時代を切り拓くための思考の源泉となることでしょう。
皆さんの前途は、大きく開かれています。本学において揺るぎない「個」を磨き、人間性豊かに成長を遂げられますことを大いに期待しております。明治大学におきましても、2031年に迎える創立150周年の記念事業等を通じて各キャンパスを整備し、教育研究環境をより一層充実させ、自ら考え行動できる人材を育成してまいります。
結びに当たり、ここに皆さんのご入学を心よりお祝い申し上げますとともに、明治大学における学生生活が実り多いものとなりますことを祈念し、祝辞といたします。


