明治大学法学部教授、大学史資料センター所長/図書館長 村上 一博
日本国憲法・御署名原本・昭和二十一年・憲法一一月三日(部分)、
国立公文書館デジタルアーカイブ
第9週は、寅子にとって、悲しみの連続でしたね。兄直道、夫優三、そして父直言が相次いで亡くなってしまいました。
朝ドラは、戦時期を扱うとどうしても死別のシーンが多くなりますが、毎朝、辛いシーンが続くと堪えますね。優三が出征する際に寅子が渡したお守りについては、NHKの「虎に翼」公式Xで、「『虎は千里を行き、千里を帰る』という言い伝えがあり、五黄の寅生まれの寅子は年齢の数(31個)結び目を入れることで優三の無事を祈りました。寅子の着物から作られ、5銭は死線(4銭)を、10銭は苦戦(9銭)を越えるという意味があります」と解説されています。このお守りは小道具さんの力作でした。ドラマとはいえ、見送る人も見送られる人も、その胸中を思うといたたまれません。
実際の三淵さんも、一番上の弟一郎が戦死(兄はおらず、4人の弟がいました)、夫の和田芳夫が戦病死、母ノブそして父貞雄が病死と、不幸が続きました。ちなみに、三淵さんが一緒に福島に疎開していたのは、自分の息子と、弟一郎の妻とその子でした。
寅子は、悲しみのどん底から立ち上がります。優三が寅子に残した言葉と日本国憲法第14条に背中を押されて。「虎に翼」は、多摩川の河原から始まりましたが、あの場所は、寅子にとって、優三との思い出が詰まった掛け替えない場所だったのです。皆に隠れて一緒に美味しいものを食べた場所。「寅ちゃんができるのは、寅ちゃんの好きに生きること……僕の大好きな、あの、何かに無我夢中になっている時の寅ちゃんの顔をして、何かを頑張ってくれること……いや、やっぱり頑張らなくてもいい……寅ちゃんが後悔せず、心から人生をやりきってくれること、それが僕の望みです」と、優三がありったけの愛情を込めて寅子に語った場所。そして、多くの尊い犠牲を払って日本の女性たちがやっと掴んだ日本国憲法第14条1項「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」を初めて眼にし、心を震わせた場所だったのです。
日本国憲法を、邪心なく素直に読んでみて下さい。時代の変化に対応して環境権など新しい人権の規定を付け足す必要はありますが、戦争によって大切なものを失って絶望した日本国民に与えられた、世界で稀に見る素晴らしい憲法であり、悲惨な戦争が世界各地で起こっている現在、人類を導く普遍的原理としてその価値はますます高まりこそすれ、古くなってなどいません。
テレビからは、この多摩川の河原から司法省人事課に裁判官採用願を提出しに行く、初回の放送と同じ映像が流れましたが、女子部に入学してからの寅子の喜びと哀しみを知っている皆さんは、最初に見た時とはまったく違う感覚でご覧になったのではないでしょうか。寅子の胸を駆け巡る様々な思いと不退転の覚悟を、痛いほど感じられたのではないでしょうか。何度もこれまで言ってきましたが、吉田さんの脚本、演出など制作スタッフの構成力の見事さに拍手を送りたいと思います。
街を行き交う人々は、老婆も少女も新しい憲法を読んでいます。竹もとの老夫婦は屋台でふかし芋を売りながら、やはり憲法を読んでいるのです。法曹会館に間借りしていた司法省人事課の課長の椅子に座っていたのは、なんと、あの桂場判事。竹もとで買った(包み紙で分かりますね)ふかし芋を食べようとしていましたね。小鼻に(脚本では口元だったと思いますが)芋の皮をつけたなんとも憎めない姿で(しかめっ面で厳めしいのですが)。 そこにさっそうと登場するのが……、新たな寅子の物語の幕開けです。第10週をお楽しみに(もう泣かないで済むと良いのですが)。