相談室の扉を、少しでも「軽く」|政治経済学部 専任講師 中島 満大
学生相談室相談員 政治経済学部 専任講師 中島 満大
「カウンセラーの先生に相談してみたら」
教員になってから、何度この言葉を学生に伝えてきただろうか。学生がカウンセラーや学生相談室とつながることは、教員にとっては問題を学生と二人だけで抱え込まないために、学生にとっては自分を支えてくれる人たちとつながるために、大切なことだ。少なくとも私にとって、それは自明のことだった。
しかし、ふと自分自身のことを思い返すと、私は自分の悩みごとやつらかったことを、カウンセラーに相談したことがなかった。なるほど、相談する必要がないほど、私の人生は凪(なぎ)のように穏やかで、順風満帆だったのだろうか。
2025年4月から、教員相談員として正式な面談を担当することになった。大変な役割だと思ったけれど、学生にとって必要な場所であり、自分がほんの少しでも助けになれるなら、という気持ちで引き受けた。
ただし、教員相談員としての私は、学生を支援する役割を担う一方で、教員として学生を評価し、影響を与えうる立場であり、学生との間には権力勾配が生じる。この役割の多重性の中で、自分自身がバランスを失いかけているのではないか。そんなことが頭をよぎるようになった。
大げさに敷衍(ふえん)すれば、T. S. エリオットが『四つの四重奏』で描いた「傷を負っている外科医がメスをふるう」ことに陥っているのではないかと。自身のバランスを崩した者が、誠実に学生の話を聴くことができるのかと。
私は臨床心理士の資格を持つ友人に連絡を取り、カウンセリングルームを紹介してもらい、初回面接(インテーク)の予約を入れた。カウンセリング当日はもちろん、前日から、いやもっと前から、私の心は落ち着かなかった。しかし、キャンセルの電話をかける勇気もなかった。
当日、エレベーターを降りてカウンセリングルームの前に立つと、部屋の中をのぞくことのできない、重々しい扉が私の前にそびえ立っていた。予約という約束を守るといった倫理観だけで、私はそこに立っていたように思う。そして予約の時間が差し迫る中、私は重い扉を押した。
この経験は、相談室に来てくれる学生についての私の認識を変えてくれた。学生たちは、なんと「重い」扉を押して訪ねてきてくれたのだろう、と。学生相談室の願いは、その「重い」扉をできる限り「軽く」することなのだろう。
このコラムが、誰かの扉を「軽く」することはあるだろうか。そんな小さな祈りを込めて、このメッセージボトルを海に流そう。
