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スペシャル・インタビュー
2026.10.09

カツセマサヒコさん|多様な価値観や学びに触れた大学時代。仲間との出会いで未来が開け、やがて会社員から小説家へと転身

商学部卒業生Meijing

2020年、明大前を舞台にした小説『明け方の若者たち』を上梓し作家デビューを果たしたカツセマサヒコさん。20代の若者が恋や仕事に焦り、迷い、それでも前に進む姿を繊細な筆致で描き、大きな話題を呼びました。
なぜデビュー作の舞台に明大前を選んだのか?カツセさんご自身の大学時代とはどのようなものだったのでしょうか?小説家になったきっかけや作品に込めた思いとは……?気になる“これまでの出来事”と“作品の秘話”について、詳しいお話をお聞きしました。

プロフィール小説家
カツセマサヒコさん(2009年商学部卒業)
カツセさんのMeijingは「想像する」を意味する “Imagin” ing

1986年東京生まれ。2009年明治大学商学部卒業。
一般企業に就職後、会社員をしながらブログを執筆。その後、編集プロダクションに転職し、ライターとして活動しながら2020年に『明け方の若者たち』で小説家デビュー。その他にも『ブルーマリッジ』『夜行秘密』『わたしたちは、海』『傷と雨傘』『あのときマカロンさえ買わなければ』を執筆。

大学は「可能性を見つける場所」。夢も目標もない自分が、仲間によって変わっていった

――明治大学商学部に入学した理由を教えてください

カツセマサヒコさん(以下:カツセ) 高校生の時は夢や目標がない、ちょっとふわっとした生徒でした。そのような中、進学先を考えなければならなくなって、「なにかこの先のヒントを幅広く得られるような学部に進みたいな」「だったら商学部がいいんじゃないかな」と思ったんです。

商学部で学ぶのは、商業やマーケティングにまつわるものごとです。売り物、サービス、経済、消費者の行動や心理など、生活に関わることのほぼ全てと言っていいぐらい幅広い知識にアクセスできます。ですから、商学部だったらなにか見つかるんじゃないかと。自分の人生のどこかで生きるような、汎用性の高い学問が身に付くのではないかと思いました。

明治大学を選んだ理由は、単純に「実家から自転車で通える距離だったから」ですね(笑)。気軽に通える場所にこれだけの緑があり、広々としたキャンパスがある。それだけでワクワクしました。流れている空気も牧歌的でのびのびしていて……。授業の合間に友達とまったり休憩する“ザ・キャンパスライフ”な自分の姿が想像できて、受験勉強を頑張れたように思います。

大学は僕にとって「可能性を見つける場所」。夢も目標もない中、突然、「将来を決めなければならない」という現実にぶつかり焦りまくっていたのですが、そんなどうしようもない焦燥感を抱えつつ、なにかを探しに行く場だったなあと感じています。

――実際に入学してみていかがでしたか?

カツセ 入学してまず驚いたのが、学生たちが多様なこと。入学するまでは都内の中高一貫校に通っていたということもあって、割と似た家庭環境、価値観の友人が多かったんですよね。一方で明大は、さまざまな地域、家庭環境、価値観の人が交じり合っている環境でした。留学生もたくさんいて、とても刺激的だったことを覚えています。

なかでも強く印象に残っているのが、岩手出身の友人です。東京への憧れが強かったからか、僕なんて比較にならないぐらい東京に詳しくて……。本当にいろんなお店を知っているんですよね。いつだったか彼が「この古着屋に行ってみたい」とお店の名前や場所をメモってきたことがあって。一緒に中目黒に行って、5万円ぐらいするボロボロのTシャツを眺めながら、買うか買わないかで悩んでいる友人を見守っていたことがありました(笑)。

音楽サークルで知り合った友人からは、僕がこれまで触れてこなかったような音楽やアーティスト、雑誌、カルチャーを教えてもらいました。サークルの仲間と出会うまでは、なんとなく「売れたものがいいものだ」という感覚を持っていたのですが、「そうじゃないんだ」と。目に触れにくいところや王道ど真ん中ではないところにも、きらきらと輝くすてきなものがたくさんあるんだということを教えてもらったように思います。

そうかと思ったらゼミには、「しっかり就活して大手企業に入って上を目指すぜ!」みたいな上昇志向の強い友人もたくさんいました。

今思うと大学の4年間は、友人というフィルターを通して知らなかった東京を知り、街や暮らしを再発見して、自分の軸や価値観を増やしていく時期だったと思います。出会いによって自分が変わり、つくられていくような……、そんな感覚を持つ時間でした。

「自由に学ぶこと」と「本気で向き合うこと」。対照的な二つのゼミが教えてくれたこと

――二つのゼミを履修したとのこと。ゼミでの学びや思い出について教えてください

カツセ 総合学際演習で森永由紀先生のゼミ(環境科学)を、商学専門演習で原頼利先生のゼミ(流通システム論)を履修しました。

2年次に履修したのが森永先生のゼミだったのですが、これが本当に面白かった! 森永先生は確か女性初の日本南極観測隊員でいらっしゃるんですよね。ものすごい行動力とエネルギーの持ち主で、情熱やパワーが常にあふれ出ているような方でした。だからといってゴリゴリと自説を押し通すような感じではなく、授業はいつも、本当に優しく和やかな雰囲気で、環境問題を考え、机上の環境論ではなくフィールドワークで学びを深めていくといったスタイルでした。

森永先生の授業を受けたことで「大学ってこんなに面白い先生がいるんだ!」と気付き、「他にも面白い先生はいないかな」と積極的に授業を探すようになった気がします。

その後、3・4年次には原先生のゼミに出会うわけですが、原先生の授業は、森永先生とは全く違うスタイルでしたね。ベンチャー気質というか意識が高いというか、とにかく緊張感やメリハリのある雰囲気でした。

学ぶ内容は、コトラーの理論や実在する企業のサプライチェーンマネジメントなど、基礎的かつ実践的なこと。こうした理論を一からしっかりと叩き込んでくださり、とてもありがたかったです。

また、メールの書き方や目上の方に対するマナーなども教えていただきました。原先生に「カツセ、ちょっと来なさい」と呼び出されて、「あのメールは本当にひどい」と書き方から指導していただいたことは今でも忘れられません(笑)。サークルのノリでふわふわしていた自分に、社会人としての常識や現実を教えていただいたと思っています。

原ゼミで出会った仲間たちにも感謝しています。みんなすごく就活意識が高く、自己分析や業界研究に熱心で。将来について茶化さず冷笑せず熱く語り合うような環境が心地よく、ここで「まずはしっかり企業に入って活躍したい」と思うようになりました。

――それぞれのゼミに全く異なる魅力や刺激があり、ユニークですね。

カツセ はい。それぞれでエンジンのかけ方が違っていて、それが心地よく、どちらの学びも今に生きているなと感じています。

余談ですが、先日、とある地域の創生イベントに関わっている学友が、森永先生と僕を関連イベントにアサインしてくれました。地域の歴史や暮らしについて学友と森永先生が話し、そのイメージを僕が小説家として膨らましていく……といったようなトークセッションをやらせていただきました。まさか卒業して10年以上経った後に森永先生とこんな形でお話するとは思わず、とても感慨深く、うれしかったです。

「次、チャンスが来たら絶対につかむ」。そう決意し、大企業から編プロへ

――なぜ、まずは一般企業に就職したのでしょうか?

カツセ 学生時代は、そもそも小説家になりたいと考えたことさえありませんでした。原ゼミの影響もあり「大手企業に入りインパクトがある仕事がしたい」と思うようになって、運よく希望する企業に就職できたという感じですね。

そして、ここで壁にぶつかった。大企業のバックオフィス部門に配属になり、「自分の仕事のどの部分が利益を生んでいるのか」が見えない状況に陥ってしまって。数万人規模の社員がいる会社ということもあって、「あれ、僕がいなくても会社は回るんじゃないか」と早々に気付いてしまったんですよね。

じゃあなにか手応えのあることをしようと思い、いろいろ考えて、「書くことならできそうだ」と思い、仕事をしながらブログを書くようになって……。たまたま1本の記事がバズって、それがとある編集プロダクションの社長の目に留まり、「採用やってるから受けないか」とスカウトされて転職することになりました。

当時は既に結婚していたので、それはもういろいろな人から「もったいない」と止められました(笑)。でも決めていたんです。「次、チャンスが来たら、絶対につかむ」って。それに「もったいない」という言葉もピンとこなかったんですよね。周りの人たちは、ステータスや経済的な意味で「もったいない」と言っていたんだと思うのですが、僕は「大企業でくすぶっている自分の人生のほうがもったいない」と思っていたので。

で、本当にそこから頑張りまして。ライターとしてほとんど寝ずに多種多様な記事を書きまくり、書けばそれが原稿料として得られるという手応えのある経験をして、「これは自分に合っているな」と。「働くことと生きることが一気に近づいたな」と思いました。

――小説家になりたいと思ったのはいつ頃のことでしたか?

カツセ ライターとして記事を書くうちに、記名の原稿が増え、エッセイやショートストーリーの執筆依頼が増え、そうこうするうちに出版社の方から「小説書いてみない?」と言われるようになって、30歳ぐらいの時、初めて小説を書くことを意識し始めました。

積極的に小説家になりたいと思っていたわけではなく、人とのご縁でチャンスが巡ってきたという感じですね。思えば大学時代から今に至るまで、僕は、人や環境、外側のなにかの反応でここまで来たように思います。人が見つけてくれたから、声をかけてくれたから、新しい世界を見せてくれたから、今、僕はここにいるんだろうなって。

明大前を舞台にした『明け方の若者たち』。苦しくも輝く“刹那”を描きたかった

――ここからは小説家としてのデビュー作『明け方の若者たち』についてお聞かせください。明大前が舞台になったお話ですが、そもそもなぜ明大前を舞台にしたのでしょうか?

カツセ 取材がいらないからです(笑)。デビュー作を書いた頃は編プロに勤めていたので、副業として小説を書かなければいけませんでした。限られた時間のなかで説得力のある物語を書くなら、実体験を資料にするのが一番。それで、なじみのある明大前を選びました。

あとは、商学部でマーケティングを学んでいたこともあり、より多くの人の手に届くテーマで小説を書きたいと思っていたからというのもありますね。大学という自由な場から社会に出て鼻をへし折られるというのは、自分にとって生々しくホットな体験であり、同時に、きっと大学を出て就職する多くの人が体験することなのだろうなという感覚もありました。

「社会に出た時にぶつかる困難を描こう」「自分の経験をベースにしよう」ということだけは最初から決めていましたので、必然的に明大前が舞台になったという感じです。

――20代半ばの困難な時期を、カツセさんは、「人生のマジックアワー」と呼んでいます。マジックアワーとはどんな時間を指しているのでしょう?

カツセ 社会人になって2~3年目というのは、現実に直面し、挫折を味わうことが多い苦しい時期ですが、同時に、なんでもそろっている時期でもあると思うんですよね。体力もあるし、お金もある程度は持っているし、独身なら時間だってある。何者にもなれないんだけれども、朝まで飲み明かして会社に行くような無茶が利く時期で、まさにこの時だけのものだと思うんです。その刹那が「マジックアワー」。短く美しいマジックアワーの空気を描きたいと思っていました。

――確かに、若者たちの迷い、葛藤、心の揺れや、それでも進んでいく様子が、とても繊細に描かれています。あの表現力や語彙力、美しく独特な言葉選びの感覚は、どうやって磨かれたものなのでしょうか?

カツセ もしかすると音楽雑誌かもしれないですね。僕、『ROCKIN’ON JAPAN』に出てくる「2万字インタビュー」みたいな語り口がすごく好きなんです。絶対もっとコンパクトにできるはずなのに、あえてまとめすぎずに生っぽさを残している。音楽とか感覚とかの形容しがたいものを、言葉を重ねながら、どうにかして言語化していて、そのライターさんのスキルに憧れみたいなものを持っていたんですよね。その影響が作品に出ているのかもしれません。いつも、「言葉になっていないものを言葉にして手繰り寄せる」というようなことをたくさんやりたいなと思いながら小説を書いています。

――「人生のマジックアワー」を描くことで伝えたかったメッセージはありますか?

カツセ 特に強いメッセージがあるわけではないのですが……。ただ、『明け方の若者たち』を含むこれまでの作品を振り返ってみると、ほぼ必ず、主人公の窮地を友人が救うシーンを書いているんですよね。自分自身で壁を乗り越えることができなくても、いつか必ず誰かの手が差し伸べられてやや上向いていくっていう。たぶんこれは、僕自身がそういう人生を歩んできたからだと思うんです。大学の時も、社会人になってからも、ライターになった時も、そして今も。誰かがいたことによってきっかけが生まれ、人生が好転しているように思うんです。これからも、他者との交わりによって傷つくこともあるけれど、救われることもあるよっていう、そういうことを描いていくんだろうなと思います。

――今後の作品について、具体的な構想はありますか?

カツセ 一つの軸として今後も「恋愛小説」は書いていくのだろうなと思っています。実はとある先輩作家さんに「カツセさんぐらいの世代の男性作家で心理描写の多い恋愛小説を書く人は珍しい。強みと捉えていいんじゃないか」と言われまして。じゃあ、そこを軸にしようかな、していきたいなと思いました。

もうひとつ、テーマにしたいと思っているのが、社会が抱える問題や課題にきちんと向き合うこと。この時代に生きる作家として大切にしたいと思っています。

――最後に、明治大学の学生やファンの皆さんにメッセージをお願いいたします。

カツセ 何事も経験してほしいということに尽きます。現代は、多くの情報があふれる時代です。AIに聞けばすぐにそれっぽい答えが返ってきます。でも、自分自身が窮地に陥らなければ、選択の場に直面しなければ、打席に立たなければ、気付けない落ち度や欠点、答えが、あると思うんです。それを習得していくことの積み重ねが人生だなと40歳を手前にして感じているので、恥をかき、失敗するつもりでたくさん打席に立ってほしいです。

器用に生きることのできる人が、今の時代はとても多い。でも、一番不器用だった人が、結局は一番勝ってきていると、僕は思います。

(インタビュー時の写真=鎌田 健志)

カツセマサヒコさん新刊のご案内

カツセさんの新刊『憂鬱な恋の忘れ方』(幻冬舎)が10月21日(水)に販売されます。ぜひお読みください!

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※ページの内容や掲載者のプロフィールなどは、記事公開当時のものです

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