2022.10.14

調教師 髙栁瑞樹さんにインタビュー「一頭一頭を大切にし、競走馬として能力を引き出したい」


こちらの記事は、「明治の“いま”がこの1冊に!」 季刊 広報誌『明治』第95号「この人に聞く」からの転載になります。

競走馬の牧場を営む家に育ち、学生時代は馬術部に所属。馬と共に人生を歩んできた髙栁さんは、世話をする全ての馬が活躍できるよう創意工夫を重ね、2022年にはJRA通算200勝を達成しました。レース中でも冷静に見守るという髙栁さんですが、お話を伺うとどんな時でも馬のことを第一に考える熱い思いを秘めていました。
プロフィール髙栁瑞樹さん(1998年農学部卒業)
2022年桜花賞表彰式(写真:日刊スポーツ/アフロ)
  • 1975年北海道生まれ。1998年明治大学農学部卒業。
  • 大学では体育会馬術部に所属。1997年には主将を務め、全日本学生馬術三大大会での総合優勝に貢献。
  • 大学卒業後は調教助手を経て調教師となり、2011年に管理馬が初出走。2022年4月の桜花賞、5月のオークス(優駿牝馬)を管理馬の「スターズオンアース」が制し、牝馬二冠を達成。調教師として、7月にJRA通算200勝を達成した。

世界を視野に調教師の道へ

――(聞き手・竹山マユミさん〈フリーアナウンサー/広報誌『明治』編集委員〉)私はJRA(日本中央競馬会)のイベントや、ラジオで競馬番組を担当していたこともあり、本日お話を伺えることをとても楽しみにしておりました。まずは通算200勝、おめでとうございます!

髙栁瑞樹さん(以下:髙栁) ありがとうございます。

――初めに、調教師というお仕事について教えてください。

髙栁 大まかにお話しすると、馬主さんが購入された競走馬を管理し出走させるという仕事です。私はJRAに所属しているので、お預かりした馬は中央競馬に出走します。

――お仕事の日には、1日をどのように過ごされますか?

髙栁 季節によって調教の開始時間が異なりますが、今(※1)は朝5時に美浦トレーニング・センター(※2)の馬場(※3)が開場になり調教開始となります。5時の開場時にはすぐにコースに入れるように馬の準備運動などは事前に終わらせるため、通勤時間も考慮し2時半には起床しています。トレセンでは、他の従業員も3時頃から出勤をして、掃除など準備をしています。

調教後、馬は汗をかいたり泥や砂がついたりするので体を洗い、9時頃に午前中の作業を終えます。また、競走馬は人間で言うとトップアスリートと同じなので、午後は治療や体のケアをしています。大体16時過ぎまでトレセンで過ごし、帰宅後22時頃に就寝するという日々を送っています。

――お仕事で大切にされていることはありますか?

髙栁 馬の様子をよく見て、けががないようにということを大切にしています。馬や馬主さんにとって、競馬はレースに出走し勝つことが目標だと思うので、管理をしている馬には常に良いレースをさせてあげたいと考えています。

「どこが痛い」や「ここが調子悪い」と話をしてくれるとありがたいのですが、馬とは言葉を交わすことができないので、よく観察したり、実際に乗ってみたりと試行錯誤しています。

――なぜ調教師を目指されたのですか?

髙栁 私の実家は競走馬の牧場を経営しており、小さい頃から調教師が訪ねてくるのを目にしていました。恐らく、普通に生活をしていると調教師という存在を知る機会はなく目指す人は少ないと思いますが、私の場合はそういう職業が身近にあったので、それがきっかけの一つです。

また、私は学生時代に体育会の馬術部に所属しており、大学を卒業する時に父と進路について相談した際、「せっかく馬に乗れるのだからトレセンで働きたい。その中でも、まとめ役となる調教師を目指そう」と話し合い、本格的に取り組むようになりました。 

――調教師になるのは狭き門だそうですね。

髙栁 JRAの調教師の場合、JRAが実施する調教師免許試験に合格することが条件となりますが、とても倍率が高いです。第一次試験で筆記試験と身体検査、第二次試験では口頭試験と人物考査が行われるため、かなり勉強をしました。一人で勉強を続けるのは難しいと感じたので、仲間をつくって勉強会をしたり、JRAの講習会に参加したりしました。中には1~2回で合格する人もいますが、多くの人は何度もチャレンジすることになります。

私は挑戦から5年目で初めて第一次試験を通過しました。翌年も第一次試験から受験しなければいけないのですが、6年目で無事に第二次試験まで合格することができました。

――困難な道のりの中「どうしても調教師になりたい」というモチベーションはどこから生まれてきましたか?

髙栁 その頃は調教師の補佐をする調教助手を務めていたのですが、調教師の中には世界に進出する馬を育てて、ワールドカップに出場する方もいました。そうした姿を見ていて、自分も世界に出て、視野を広げていきたいと考えるようになりました。そのためにも、絶対に調教師になりたいという思いが強くなりました。

※1 2022年7月末取材時点
※2 美浦トレーニング・センター:中央競馬の東日本地区における調教拠点。茨城県にあり、通称は「トレセン」
※3 馬場:馬の走路

大学3年次

向上心の中で創意工夫を生む

――明治大学に進学した理由を教えてください。

髙栁 高校から馬術部に所属していて、2年生の時にインターハイで団体優勝をすることができました。大学でもレベルの高い舞台で馬術を続けたいと考えた時に、顧問の先生から明治大学を薦められたのがきっかけです。

――高校時代の恩師のおかげもあって、馬の世界への道が続いてきたのですね。

髙栁 大学に入学する時には競馬界に進むとは全く考えていませんでしたけどね(笑)。まずは4年間、馬術をがんばるという気持ちでした。当時、明治大学は強豪校で、周りの部員は社会人を含めた大会でも優勝するようなすごい人たちばかりだったので、その中で切磋琢磨できたことは良い経験になりました。

また、学生の部活動は馬の頭数や質が限られた環境なので、一緒に競技をする馬たちを大事に仕上げ、極めていき、結果を出すという過程の大切さを学ぶことができました。この時の経験から、馬に対して「向上心の中で創意工夫を生み、全力で向き合う」という意識を、今でも常に持ち続けています。

日韓交流大会(大学4年次)

――今年、髙栁さんが調教されている「スターズオンアース」が、桜花賞、オークス(優駿牝馬)という大きいレースで勝利を収めました。

髙栁 スターズオンアースは、私の厩舎に入る際に牧場の方から「良い馬だよ」という話を聞いてはいましたが、調教を始めて間もなく「ちょっとレベルが違うな」と感じ、大きいレースで結果を出させてあげたいという思いと、「勝たせなければいけない」というプレッシャーがありました。

――馬の能力というのは、どういった場面で感じるのでしょうか?

髙栁 私も調教の中で馬に乗る機会があるのですが、スターズオンアースは乗ってすぐにすごい馬だと分かりました。これまでに馬術も含めてさまざまな馬に乗ったことがあり、中にはオリンピックに出場するような馬にも触れる機会がありました。そういった馬は、競走馬とは求められているものが違いますが、乗ってみると素晴らしい馬だということがすぐに分かります。

それらの馬も含めて、スターズオンアースはずば抜けて良い馬だと感じました。実際に走らせてみた時も「こんなに速いんだ!」という驚きではなく、「当然これくらいは走れるだろうな」という感想でした。

――スターズオンアースは、どういう性格の馬ですか?

髙栁 現在3歳で、まだまだ知らないことが多く、若さが出てしまうことがありますが、あまり手が掛からず、扱いやすい馬です。取り扱いが難しいということは、そこまでないですね。

馬によっては、レースの前にゲートに入れなかったり、暴れてしまったり、きれいにスタートできずに本来の力を出し切れないケースがありますが、スターズオンアースはゲートのセンスが良く、落ち着いているので、それも能力の一つだと考えています。

馬の世界では、背中を見ると良し悪しが分かると言われているのですが、スターズオンアースは背中がすごく良いです。私の助手もそうですし、一番初めに乗った騎手も「これはモノが違うね」と驚いていました。

何よりも馬のことを第一に

――桜花賞はハナ差(約20㎝)での勝利となりましたが、レース中はどのようにご覧になりましたか?

髙栁 私はレースを冷静に見る方で、当日は体調面も含めてしっかりと準備ができ、良い状態で送り出すことができていたので、最後は見守るだけでした。

桜花賞では、思っていたよりもポジションが後ろでレースが進んでいたので「どうしたのかな?」とは思っていました。最後の直線まで1着に届きそうな位置ではなく、人気のある馬が前にいたので「厳しいかな」と思って見ていましたが、狭いスペースから他の馬にぶつけられながらも耐えて前に出てきて、本当によくがんばってくれました。

――レースが終わった後はいかがでしたか?

髙栁 馬が勝つということには本当に多くの人の支えがあってこそ実現することですので、勝てて良かったという気持ちでした。しかし、そういった余韻に浸る間もなく表彰式が始まるので、まずは馬が無事かどうか、そしてその後の動きについての確認が必要になります。特にコロナ禍なので慎重になりますね。細かいことを確認しているうちに、あっという間に表彰式が終わってしまいます。

――レース後も冷静に、そして馬のことを一番に考えられているのですね。オークスでの勝利の後、スターズオンアースにけがが見つかったと伺いました。10月の秋華賞では三冠達成が期待されていますが、調子はいかがでしょうか?

髙栁 骨折していましたが、発見が早かったこともあり治療の経過も順調です。現在は、別のトレセンでトレーニングを再開しています。まだ帰ってきていないので何とも言えないですが、がんばりたいと思います。

2022年オークス優勝後の共同会見(写真:日刊現代/アフロ)

――お仕事の中で、大学の先輩や後輩の方々とつながりはありますか?

髙栁 レースの発送地点の責任者である発送委員に馬術部の先輩と後輩がいます。また、調教師では先輩の久保田貴士さん(1990年農学部卒業)が私と同じ美浦トレセンで、後輩の池添学さん(2003年商学部卒業)が滋賀県の栗東トレセンで活躍しています。

明治大学出身ということはもちろん、下地として馬術があるということから、馬に対しての理解の仕方が同じで話が合いますね。久保田さんが調教している馬の中に明治大学卒業生の馬主がいるそうで、騎手の勝負服は紫のようですよ。

――スターズオンアースが優勝した桜花賞で2着に入った馬も、過去に明治大学の先輩がお世話をされていたそうですね。

髙栁 馬術部の先輩の畠山慶和さん(1997年農学部卒業)が携わっていた馬です。先日畠山さんとお話をする機会がありましたが「負けて悔しいけど、髙栁ならしょうがないか」と言ってくださいました(笑)。

――明治大学の先輩・後輩の絆ですね。

髙栁 そうですね、とても喜んでいただきました。

――最後に、明治大学の学生さんにメッセージをお願いします。

髙栁 私もそうでしたが、入学した頃から明確に進路を決めている人は少ないと思います。在学中にいろいろなことを経験して、自分に合う進路を探してほしいです。その道に進んだ結果が失敗だったとしても、それも経験として積み上げ、その先の将来を見据えていただきたいと思います。

調教師になるまで、そして開業してからも、良いこと悪いこと、さまざまな経験をしてきました。私は今、調教師としてスターズオンアースという強い馬を出すことができましたが、世話をしている馬の全てが勝てている訳ではありません。

一頭一頭を大切にし、競走馬として最大限能力を引き出してあげたいというのが開業時からの志として変わりません。その気持ちを忘れずに、馬に対して向き合っていきたいと思います。

――本日はありがとうございました。今後も応援させていただきます!

※ページの内容や掲載者のプロフィールなどは、季刊 広報誌『明治』第95号発行当時のものです