2019.09.04

【特集・前編】「チュニジア体験記」高橋佑規さん


【特集・前編】在チュニジア日本国大使館、草の根・人間の安全保障無償資金協力外部委嘱員 高橋佑規さん
高橋さんは、2013年に大学院政治経済学研究科博士前期課程を修了後、単身チュニジアに渡り、現地で有名芸能人になりました。現在は、在チュニジア日本国大使館、草の根・人間の安全保障無償資金協力外部委嘱員として勤務しています。今回は高橋さんのチュニジアでの生活やどのような経緯を経て有名芸能人になったかを、紹介していきます。
プロフィール高橋佑規さん(2013年大学院政治経済学研究科博士前期課程修了)

  • 1988年山形県生まれ
  • 2011年明治大学文学部卒業
  • 2013年明治大学大学院政治経済学研究科博士前期課程修了
  • 2016年9月~2017年3月 GTA Gulliver’s Travel Dubai Office, Global Support Executive
  • 2017年9月~チュニジアでの芸能活動
  • 2018年4月~在チュニジア日本国大使館、草の根・人間の安全保障無償資金協力外部委嘱員

チュニジア体験記

チュニジアに行くきっかけ

まさか自分が有名芸能人になるとは思っていませんでした。それも日本から遠く離れた地、チュニジアで。

私が初めてチュニジアを訪れたのは2013年のことでした。当時、明治大学大学院で西アフリカ関係の調査をしており、自分の専門をさらに深めるために語学力が必要でしたが、明治大学のとある研究室の方々とのご縁でチュニジアをご紹介いただき、留学先として選択しました。フランス語とアラビア語を習得するための旅立ちでした。

チュニジアでの学生生活

チュニジアには、大学院修了後単身で来たため、現地の学校の登録手続きや住居手続きをはじめ、生活にまつわる全てのことを自分でしなくてはなりませんでした。チュニジアは日本と比較して大ざっぱな部分があり、手続きに行っても門前払いをされたり、担当者によって違うことを言われたりということがしばしばあり、その上言葉もまったく分からないため、忍耐の日々を過ごしました。時には住む家を失い、方々を転々としていた時期もありました。

そのようなチュニジアの洗礼を受けながら、ようやく語学学校への登録が完了し、言語学習をスタートさせたわけですが、しばらくして二言語を同時に習得するのは自分にはやはり無理があることに気付きました。特にアラビア語は世界的にも難解な言語として有名で、しかもチュニジアで話されているのは自分の学習している正則アラビア語ではなくアラビア語チュニジア方言であるため、当時は果たしてこの言語を理解できる日が来るのだろうかと絶望していました。しかし、両親の大反対を押し切ってチュニジアに来たので、このまま何も成果が得られないまま帰るわけにはいきませんでした。

チュニジア大学院時代。友人とカフェで談笑している時の様子

ルームメイトとの生活と苦難。そしてアラビア語の習得

この状況を何とか打開するため、自分をもっと厳しい環境に置かなくてはならないと思いました。そこで取った行動が現地人とのルームシェアでした。友人の紹介により、とあるチュニジア人とルームシェアを開始することとなりました。これが自分の留学目的を転換させる苦難の生活の始まりでした。

ルームシェアを始めたことで、普段から外国語を使用する生活の成果が表れ、言語力が日に日に上達していくのを感じました。アラビア語はまだ何も分からない状況でしたが、少なくともフランス語は意思疎通ができるレベルには達していました。その後さらに言語力を高めるため、学習の場を語学学校から現地の大学院へと移しました。このように言語学習面においては順調でしたが、問題は生活面でした。というのも、ルームメイトが疑い深い性格で、精神的に追い詰められるようにもなり、打ち解けることは困難でした。今思えば、どうしてもっと早く自分の状況の危うさに気付いて彼の元から離れなかったのだろうと反省するばかりです。

振り返ると壮絶な日々でしたが、彼とのルームシェアからは、得られたものもあります。それはアラビア語力です。ある時彼がアラビア語の個人指導を提案してきました。アラビア語習得のためにチュニジアに来たので、私はそれを了承しました。しかし、その指導はスパルタで、朝起きてから深夜寝るまでひたすらアラビア語漬けでした。その努力の甲斐あって、それなりにアラビア語を使いこなせるようにはなりました。

ただこれには裏話があり、個人指導を承諾する際に、口約束でしたが報酬も当然要求され、支払いは私が就職した後という彼が提案した条件で合意したはずだったのですが、その条件は一方的に破られることとなりました。ルームシェアという環境下での日々の授業料の請求にどれだけ心身が憔悴したかは、想像に難くないでしょう。その頃には、もう言語を習得して自身の研究を深めるという目的を達成するには時間的にも経済的にも遠く及ばない状況にありました。

※ページの内容や掲載者のプロフィールなどは、執筆当時(2019年7月15日)のものです

>>【後編】では、無職時代のエピソードや、どのようにチュニジアで一躍有名人に登り詰めたかを紹介します!(9月5日公開予定)

【特集・後編】「チュニジア体験記」高橋佑規さん
2019年9月4日
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