
PROFILE:
東京生まれ、神奈川育ち。大学入学時は経済や商業に興味を持っていましたが、いつの間にか、フランス文学の研究者に転向しました。東京大学文学部卒業、同大学院人文社会系研究科修士課程、博士課程を経て、ジュネーヴ大学、パリ第7大学へ留学。博士(テクストとイメージの歴史・記号学)。2022年より明治大学商学部専任講師。
迷いたまえ、大学生よ!
「迷う」ことを知ってほしい
大学2年次の夏休みに思い立って、ギリシアのアテネからチェコのプラハまで、旅行しました。当時は、入国にビザが必要な国もありましたし、通貨もユーロ導入前で各国別々でしたから、準備も大変だったはずです。でも、その時は身軽で、そういった労をいとわなかったのでしょう。別の言い方をすれば、無知だったとも言えます。
アテネに到着した私は、さる有名なガイドブックに従って、観光案内所に向かいました。というのも、そこでリストをもらってホテルを決めるべしと書かれていたからです。インターネットでホテルの予約ができる時代は、まだ先のことでした。ところが、一歩、街に出た瞬間、はたと気が付いたのです。どのように手元のリストにあるホテルに行けばよいのか、分からないと。そこにはホテルの名前と住所、電話番号が記されていましたが、もちろんその住所を見てもそれがどこなのか分かりません。電話をかけて説明されても、自力でたどり着くことは、土台無理なのでした。
しかたがないので、私はやみくもに歩き、目につくホテルに入って泊まれるかと尋ねました。しかし、どこも満室です。夏のアテネは大人気で、そして、とにかく暑かった。日陰のない道をホテルからホテルへと、空き部屋がないか、さ迷い、ついに泊まれると言われて案内されましたが、そこはなんと建物の屋上でした。むき出しのベッドが、ぽつんと1台置かれていたことが思い出されます。
思い出話に夢中になりましたが、私は、大学生諸君に「迷う」ことを知ってほしいのです。しかし、多くの人は思うでしょう。自宅で検索ボタンを押すと、ただちにあらゆる情報が得られ、全ては分刻みで予約される今、街では知られざる場所はなくなり、スマートフォン上の地図が一切合切を評価している。そのような中、私たちはどのように迷えばよいのかと。
迷うことが世界についての認識につながる
ヒントになるソロー(※)の言葉を引きます。「森の中で道に迷うのは、どんな場合でも貴重な経験である。迷子になってはじめて、つまりこの世界を見失ってはじめて、われわれは自己を発見しはじめるのであり、また、われわれの置かれた位置や、われわれと世界との関係の無限の広がりを認識するようにもなる」(飯田実訳、一部省略)。この文章を引用した『ウォールデン』は、その副題が示すように「森の生活」について書かれたエッセイですが、すぐに分かるように森とは、世界そのものを指しています。森の中に迷うとは、現実を前にして心がたゆたうことなのです。
AIが、外国語を日本語に翻訳し、授業で課された問題に答え、単位取得のためのレポートを書いてくれる、などと言われています。しかし、本当にそうでしょうか。明治大学では、「世界を見失い、そして、自己を発見しはじめる」ための思索の樹海が準備されています。
迷いたまえ、大学生よ!
※ヘンリー・デイヴィッド・ソロー:(1817~1862)アメリカ合衆国の作家・思想家・詩人・博物学者。著書『ウォールデン 森の生活』(1854年)は、ウォールデン湖に建てた小屋で過ごした2年2カ月に及ぶ自給自足の生活をまとめた代表作

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